2010-01-01から1年間の記事一覧
青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり 河野裕子/『森のやうに獣のやうに』S47 私は河野裕子さんのこの歌で短歌に興味を持つようになった。 「青林檎」が単なる青林檎ではなく、若い恋の全てを表すものとして提示されことに衝撃を受け、魅力を感じ…
二本立て映画に二回斬られたる浪人は二度「おのれ」と言えり 藤島秀憲/『二丁目通信』H21 藤島秀憲さんの『二丁目通信』より。 短歌の難しさが垣間見える一首である。 何が難しいか? それは、解説がだ。 歌自体はとってもユーモラスで、不条理な可笑しさが…
森の奥に水湧きをり森の奥に雲湧きをり森の奥に蝶湧きおり 松平修文/『夢死』H7 松平修文さんの『夢死』より。 絵画が完成していくように世界が出来上がっていく歌の美しさ。 森の奥に水が湧くことから始まって、空を、命を巻き込んでいく。 特に蝶の部分は…
樹枝状のブロッコリーを囓るときぼくは気弱な恐竜である 杉崎恒夫/『パン屋のパンセ』H22 杉崎恒夫さんの『パン屋のパンセ』より。 ブロッコリーを齧ることをこう表現されると、感覚が一気にジュラ紀まで飛んでしまう。 1億年以上も前の話だ。 木が生い茂る…
すさまじくひと木の桜ふぶくゆゑ身はひえびえとなりて立ちをり 岡野弘彦/『滄浪歌』S47 桜を考えるとき、ソメイヨシノが違和感を持って付きまとう。 今、最も一般的な桜のひとつであるソメイヨシノは、全てクローンであるという(=接ぎ木でしか増やせない)…
サンチョ・パンサ思ひつつ来て何かかなしサンチョ・パンサは降る花見上ぐ 成瀬有/『遊べ、櫻の園へ』S51 春の憂いを感じさせる歌だ。 サンチョ・パンサは、『ドン・キホーテ』に出てくる、破天荒であるドン・キホーテの従者で、まっすぐな人物だ。 下句は主…
美術展見終えて開く自動ドア森の闇より老漁夫は来る 大島史洋/『四隣』H6 初めて読んだ時、なんだか違和感を感じた歌だった。 日常の歌かもしれない。でもなんだか引っかかるのだ。 美術展を見終わり、外に出るため自動ドアの前に立つ。 すると開いたドアの…
師よ弟子に神への祈りを祈らせよ祈りを祈る意味の無意味を 市原克敏/『無限』H16 市原克敏さんの遺歌集『無限』より。 時空を越えた詠みに、圧倒された。 それこそ世界のありようとの「格闘」のような歌集だった。 掲出歌は、「師よ弟子に神への歌を」8首の…
わかるとこに かぎおいといて ゆめですか わたしはわたし あなたのものだ 今橋愛/『O脚の膝』 今橋愛さんの『O脚の膝』より。 少し危うい相聞歌である。 相聞歌というよりも、相聞する相手へ行ってぐるりとUターンして、自らの心に納めてしまった、そんな印…
をさなさははたかりそめの老いに似て春雪かづきゐたるわが髪 大塚寅彦/『刺青天使』S60 髪にかずくほどの雪。 春とはいえ、その日は急に冷え込んで冬に戻った日和だったのかもしれない。(今日みたいに) その雪を白髪に見立て、「かりそめの老い」と詠む若…
やや重いピアスして逢う(外される)ずっと遠くで澄んでいく水 野口あや子/『くびすじの欠片』 野口あや子さんの『くびすじの欠片』より。 興味深い世界観だ。 この歌、「やや重いピアスして」の部分がなければ、つまらない世界になってしまう。 この「やや重…
このようになまけていても人生にもっとも近く詩を書いている 山崎方代/『こんなもんじゃ』 山崎方代さんの『こんなもんじゃ』より。 この歌集は、彼の全短歌から四百十三首を選んだ選歌集。 中は本当におおまかに、家族のうたや年を詠みこんだ歌などテーマに…
雪はくらき空よりひたすらおりてきてつひに言へざりし唇に触る 藤井常世/『草のたてがみ』S55 美しくて悲しい歌である。 雪は空の水蒸気が、結晶を造ってゆっくりと落ちてくるものだ。 空、水蒸気・・・ どれも触れることはできない。 暗ければ見ることすら…
月させば梅樹は黒きひびわれとなりてくひこむものか空間に 森岡貞香/『白蛾』S28 夕焼けでこそ人は空を見上げるけれど、その後の夜になるまでの間。 ここで空を見上げる人はどれくらいいるのだろう。 夜になりきらない空の時間。 十五分程度の不思議な時間で…
まつ白い腕が空からのびてくる抜かれゆく脳髄のけさの快感 加藤克巳/『螺旋階段』S12 誰もが一度は体験している、この朝の目覚めの爽快感。 個性的な表現だけど、一読して、あぁ、あの感じ!とわかる。 この共感度合い。とても73年前の歌とは思えない。 あの…
いくつかのやさしい記憶新宿に「英(ひで)」という店あってなくなる 俵万智/『かぜのてのひら』H3 長年住んでいるときは街の変化なんか全然感じないのに、しばらく離れて帰って来た時の街の変わりようというのは、目を見張るものがある。 なぜだろう。 繁華…
白鳥のねむれる沼を抱きながら夜もすがら濃くなりゆくウラン 岡井隆/『ウランと白鳥』H10 夜更けの暗い沼。 そこに、しなやかな首と柔らかい羽根を持った白鳥がたゆたっている。 水面に揺らぐそれは、闇にあっても白く煌々と映えていることだろう。 そんな白…
「正しいことばかり行ふは正しいか」少年問ふに真向かひてゐつ 伊藤一彦/『海号の歌』H7 む。と言葉に詰まる歌である。 大人には答えがたい、子供の無邪気な質問である。 でも、大人が答えられないのを見越した、子供のしたたかさも垣間見えたりする。 それ…
雪でみがく窓 その部屋のみどりからイエスは離(さか)りニーチェは離る 坂井修一/『ラビュリントスの日々』S61 窓をみがく程の雪。 外は風も強く、とても寒いのだろう。 その一方で、部屋の中は暖かく緑も鮮やかだ。 その温度差で窓は曇ってしまっているは…
咲きたるは咲かざるよりも苦しけれ地を擦る萩のこの乱れ様 蒔田さくら子/『鱗翅目』H5 花として生まれればは咲きたい。 しかし、咲けば幸せとは限らない。 掲出歌は、まだ花びらを散らす時期でもないのに、コンクリートに擦れて散ってしまう萩の苦しさが描か…
家じゅうのもののあり処は妻病めばいっさい謎のごとく暗みぬ 小高賢/『太郎坂』H5 これはもう、そうでしょう!と言いたい女性も多いかもしれない。 一方で、そんなことはないなぁ、という人もいるだろう。 特に今は共働きも、家事分担も一般的だ。 家のどこ…
竪穴に落ちたのか俺が穴なのかレモンの皮をここに捨てるな 吉川宏志/『青蟬』H7 竪穴ってなんだろう。 垂直に掘った穴。横に広がることはない。 ただ、深く、深く下に向かう穴。 そこは暗く、地上からとっても遠い、別世界のようだ。 上句では大混乱している…
あおあおと一月の空澄めるとき幻の凧なか空に浮く 岡部桂一郎/『竹叢』 岡部桂一郎さんの『竹叢』(岡部桂一郎全歌集)より。 凧なんて最後に見たのはいつだろう。 小さい頃、お正月に遊んだ記憶がかすかにあるだけだ。 もう、凧は現実の玩具ではなくイメー…