2009-01-01から1年間の記事一覧
カフカ読みながらとほくへ行くやうな惚れあつてゐるやうな冬汽車 紀野恵/『奇妙な手紙を書く人への箴言集』H3 このカフカはきっと『城』だと思う。 先が雪で白く閉ざされたところを列車が走ってゆく情景は、城に招かれながらたどり着くことはできない主人公…
今まで取り上げた歌を歌集の発行年別にまとめました。 昭和5年 前川佐美雄/『植物祭』 ひじやうなる白痴の僕は自転車屋にかうもり傘を修繕にやる 昭和12年 加藤克巳/『螺旋階段』 まつ白い腕が空からのびてくる抜かれゆく脳髄のけさの快感 昭和24年 宮柊二/…
人を統(す)ぶることはさびしき声呑みて真向ひてゐるわれの抜殻 篠弘/『百科全書派』H2 会社は戦場だ。 ビジネス用語には「ターゲット」「戦略」「戦術」…等々戦闘用語が溢れている。 そんな世界で人を統べるとなれば、私情をはさむ余地はない。 篠さんの歌…
こころねのわろきうさぎは母うさぎの戒名などを考へてをり 永井陽子/『てまり唄』H7 童話のような歌である。 柔らかいタッチで描かれている毒。 心根が極悪ではないから、母うさぎを貶めたり、傷つけたりはしない。 また、心根が善良ではないから、母うさぎ…
お手紙ごつこ流行(はや)りて毎日お手紙を持ち帰りくる おまへが手紙なのに 米川千嘉子/『たましひに着る服なくて』H10 幼稚園くらいの女の子だろうか。 お手紙ごっこが流行っているので、お母さんに毎日お手紙を書いてくる。 「おかあさんおげんきですか。…
雨の中をおみこし来たり四階(よんかい)の窓をひらけばわれは見てゐる 小池光/『草の庭』H7 この歌、すごい歌である。 一読して簡単に情景は浮かぶが、しっかりと読むと単に情景を詠んだ歌ではない事に気づく。 ちょっと高校の古典の復習っぽくなってしまう…
ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづれをれて伏す 宮柊二/『山西省』S24 初めてこの歌を目にした時、ぞくりときた。 戦争で人が生き抜くためには、心を殺さざろうえなかったのだろうか。 そう思った。 上句「ひきよせて寄り添ふごとく」とい…
どうもどうもしばらくしばらくとくり返すうち死んでしまいぬ 高瀬一誌/『レセプション』H1 なんともアイロニカルな歌だ。 上句。そうそう、いるいる!こういう人!・・・なんて思いつつ下句に行くと、あらら、という展開。 一首を通して読むと、なんだか滑稽…
岩の上に時計を忘れ来し日より暗緑のその森を怖る 前登志夫/『子午線の繭』S39 不思議な感覚を呼び起こさせる歌だ。 「暗緑のその森」という表現から、とらえきれない自然の不気味な奥深さを感じ取ることができる。 そこに時計を置き忘れたという。 時計とは…
夜の暗渠(あんきよ)みづおと涼しむらさきのあやめの記憶ある水の行く 高野公彦/『水行』H3 静かな夜、水音、ほの暗い中で幻視される紫色。 その空間を占める遠いあやめ記憶。 まるでこの世とは思えない情景だ。 あやめの記憶を宿している水は、もしかした…
ゆるゆるの編目のような子と我の時間のはじめ まずは泣かれる 鶴田伊津/『百年の眠り』 鶴田伊津さんの『百年の眠り』より。 なんだかとっても微笑ましい歌。 そうだよね、子供はまずは泣いてしまう。 産まれてきてくれた喜びは、母親や父親が抱くもの。 け…
積まれある柘榴ひとつが転がると総崩れせるまぼろしのあり 木曽陽子/『モーパッサンの口髭』 木曽陽子さんの『モーパッサンの口髭』より。 なんという幻視だろう。 ここには外なる崩れと内なる崩れの両方がある。 かごか何かに積まれている赤いザクロが、何…
肌の内に白鳥を飼うこの人は押さえられしかしおりおり羽ぶく 佐々木幸綱 こんなにも女性をしなやかに表現した歌ってあるだろうか。 「羽ぶく」というその動き、羽の柔らかなイメージで、白いしなやかな肌をもって美しくあがく女性の様子が伝わってくる。 と…
死後のわれは身かろくどこへも現れむたとへばきみの肩にも乗りて 中城ふみ子/『花の原型』S30 死を目前としたときの、くらくらするような絶唱だ。 重苦しくはない、むしろ「身かろく」だ。けれど、そこまで歌えるようになるには、どれほどの覚悟がいったの…
忘れをる人の名前は無か夢か憶ひ出せない虫明亜呂☐ 佐々木六戈 /『佐々木六戈集』H15 『佐々木六戈集』より。 文学にしても、仕事にしても、生活にしても、どんなに精魂込めて取り組んでも、百年後・二百年後・三百年後、それが語り継がれることは、九分九厘…
少女よ下婢となりてわが子を宿さむかあるひは凛々しき雪女なれ 春日井建/『未青年』S35 究極にして紙一重な歌。 この歌を前にして、結婚の話をするのは不似合いだが、よく結婚は「共同作業」だなんていう。 それは二人で生きていくのだから、助け合い・・…
感動を暗算し終へて風が吹くぼくを出てきみにきみを出てぼくに 小野茂樹/『羊雲離散』S43 清らかな流れを感じる恋の歌だ。 こういう歌を前にすると、時間の感覚がなくなってしまう。 40年以上も前の歌。 40年前って、東京オリンピックでカラーテレビがやっ…
虹の下くぐり行くとは知るはずもなき遥かなる車見て居り 高安国世/『朝から朝』S47 ピントの合った美しい歌だ。 虹の下をくぐる。 誰もその経験を実感はできない。 でも、遠くからならば見ることができるのだ。 物事には、それを知る適当なピントのような…
戦争が(どの戦争が?)終わったら紫陽花を見にゆくつもりです 萩原裕幸/『あるまじろん』H4 8月は戦争の歌を多く聞く機会があった。 その度に、何とも言えない感覚に陥った。 原爆や空襲を体験した生々しい歌。 それらを聞く時、想像するのは想像上の戦争…
如何ならむ思いにひとは鐘を打つ鐘打つことは断愛に似て 道浦母都子/『ゆうすげ』S62 道浦母都子さんの歌を知ったのは、学生時代に読んだ俵万智さんの『あなたと読む恋の歌百首』の巻頭を飾った下の歌だった。 全存在として抱かれいたるあかときのわれを天…
ふるさとを去らぬは持たぬことに似て九月 素水をつらぬくひかり 大辻隆弘/『ルーノ』H5 生まれ育った地を、「ふるさと」と感じるには、一度はその土地を離れる必要があるのかもしれない。 たしかに私も、故郷を離れて、「ふるさと」ということを意識しだした…
フロアまで桃のかおりが浸しゆく世界は小さな病室だろう 加藤治郎/『マイ・ロマンサー』H3 ニセモノで癒されることだってある現代。 病んでしまった現代人のために剥かれた桃はニセモノで、でもそれでさえ癒しを感じることが私たちには出来るのだ。 たとえ…
蛍田てふ駅に降りたち一分の間にみたざる虹とあひたり 小中英之/『わがからんどりえ』S54 なんて美しい歌なんだろうと思った。 儚い命を持つ蛍の光と、短い時間だけ空にかかる虹の美しさ。 この三十一文字を目で追うそのひととき、読み手の脳裏では、天と…
行きて負ふかなしみぞここ鳥髪に雪降るさらば明日も降りなむ 山中智恵子/『みずかありなむ』S43 自分で生き方を選択してきたつもりだ。 だから、自分が今ある状況を、誰かのせいにはしない。 良いことも悪いことも、自分が選んできた結果として受け入れて…
はらわたに花のごとくに酒ひらき家のめぐりは雨となりたり 石田比呂志/『滴滴』S61 いろいろな思いがこもった独りの歌だと思う。 外はもちろん雨なのだが、「家のめぐり」という区切り方がさびしい。 降る雨の縦ラインがまるで牢のように感じる。もしくは…
いろ湛ふる淵に沈むやうによそゆきの着物のなかに入りぬうつしみ /森岡貞香 森岡貞香さんを知ったのは、今年に入ってからで、しかも短歌雑誌の追悼特集でだった。 『現代短歌の鑑賞101』でも小さな写真は載っているが、その雑誌できちんとした本人の写真…
人あまた行く夕暮の地下街を無差別大量の精神過ぎる 香川ヒサ/『ファブリカ』H8 四句目にきてぎょっとする。 「無差別大量」…ときて連なる言葉で連想してしまったのが「殺人」だったからだ。 ゆったりした気持ちで読んでいた歌の途中で、急に夜十時のニュー…
大勢のうしろの方で近よらず豆粒のように立って見ている 山崎方代/『こおろぎ』S55 共感をもって読んでしまう一首。 なにやら前方で何かがあって騒がしい。 なんだろう?興味はある。 そう思ったとき、その中にすっと入っていける人がいる。その一方ですん…
少年のたてがみ透きてさやさやと遥かな死海にとほる夏風 井辻朱美/『地球追放』S57 少年の髪の間を心地よく抜ける風は、死海を通ってきたものらしい。 それだけで、イメージの世界がわっと広がる。 風を含み、光を受けて淡く透き通る少年の髪。 その美しくあ…
硝子戸の中に対称の世界ありそこにもわれは憂鬱に佇つ 尾崎左永子/『さるびあ街』S32 表情は魂なのかもしれない。 私たちは、自分の表情を鏡で見ることができる。できるけれども、その時は心のどこかで覚悟ができていて、それなりの顔をして鏡に向かう。 掲…