うたよむブログ

短歌のこと、読書会のこと

2012-01-01から1年間の記事一覧

人はみな慣れぬ齢を生きている…(永田紅) @現代短歌の鑑賞101

人はみな慣れぬ齢を生きているユリカモメ飛ぶまるき曇天 永田紅/『日輪』H12 子どもの頃に漠然と思い描いていた年齢像がある。 二十代はこんな感じ、三十代はこんな感じ……八十代はこんな感じ…。 それは今の年齢よりもっとずっと完璧でしっかりした大人のイメ…

ファスナーは銀の直線、みずからを…(松平盟子) @現代短歌の鑑賞101

ファスナーは銀の直線、みずからを断つ涼しさに引き下げており 松平盟子/『うさはらし』H8 服を脱ぐことで自分自身を断つとはどういうことだろう。 掲出歌はワンピースだろうか。 少し勢いのあるジーッという音、どこまでもまっすぐに下りる感覚、ひらいてい…

馬跳びの馬だつたわたし 校庭は…(黒木三千代) @現代短歌の鑑賞101

馬跳びの馬だつたわたし 校庭はゆふぐれのうすい墨の香がして 黒木三千代 馬跳びの馬。 前屈の姿勢で目に映るのは、自分自身の薄墨色の影だけである。 その自分の背中を飛び越えて、たくさんの同級生たちが先へ行く。 その眩しさ。 追いつけない、ほの暗い思…

がんばつて二十分泣き続けたる…(大口玲子)

二〇一〇年九月十一日、宝塚市の女(37)が、自宅で長男(6)を絞殺後、自殺。 がんばつて二十分泣き続けたる子が吾亦紅の暗さ見てをり 大口玲子/『トリサンナイタ』H24 母性とは、慈愛にも奈落にも通じるものなのかもしれない。 掲出歌を含む「吾亦紅」一連…

東京に負けた五郎の帰り来て…(笹公人)

東京に負けた五郎の帰り来て大工町の名はまた保たれる 笹公人/『抒情の奇妙な冒険』H20 都市は地方から人を引き寄せる。 地方はしたたかに都市から人を迎え入れる。 都市と地方のおかしな差異が如実に表れた歌で、ちょっと笑ってしまった。 きっと五郎は志高…

革命歌作詞家に凭りかかられて…(塚本邦雄) @現代短歌の鑑賞101

革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ 塚本邦雄/『水葬物語』S26 メロディは誰のものだろう。 ジャズが生まれて100年近くたつ。 ものすごく大掴みで書くと、 当時メロディは独り立ちしていて、シンガーがそれぞれの個性でそれを歌った…

脳内にいくたび星をほろぼしぬ…(佐古良男)

脳内にいくたび星をほろぼしぬ摘まれし花の復讐のため 佐古良男/日本歌人(平成22年2月号) 私たちはそう簡単に自分の憎しみを他人の憎しみのように扱うことはできない。 はたから見れば、たった一輪の小さな花。 だけどそれを奪われることは、本人にとって…

あめんぼの足つんつんと蹴る光…(川野里子) @現代短歌の鑑賞101

あめんぼの足つんつんと蹴る光ふるさと捨てたかちちはは捨てたか 川野里子/『五月の王』H2 童謡のようなリフレインのせいだろうか。 言葉とは裏腹に、春のキラキラしたイメージが立ち上がってくる歌だ。 赤ちゃんに米を背負わせて転ばせるとか そういうポデ…

血と雨にワイシャツ濡れている無援…(岸上大作) @現代短歌の鑑賞101

血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする 岸上大作/『意志表示』S36 安保闘争をわたしは知らない。 けれどその答えを知っている。 だからだろうか、私は岸上大作の歌を読むときに少し距離をおきたくなってしまう。 あるいは、うつくしい…

さくらばな陽に泡立つを見守(まも)りゐる…(山中智恵子) @現代短歌の鑑賞101

さくらばな陽に泡立つを見守(まも)りゐるこの冥き遊星に人と生れて 山中智恵子/『みずかありなむ』S43 地球という冥い遊星に、泡立つように桜が咲き誇る…とても幻想的な情景だ。 桜の泡沫のようなはかない美しさが一層際立つのである。 そして、私たちはい…

夕焼のにじむ白壁に声絶えて…(前川佐美雄) @現代短歌の鑑賞101

夕焼のにじむ白壁に声絶えてほろびうせたるものの爪あと 前川佐美雄/『捜神』S39 叫びが聞こえる。 初めてこの歌を読んだときそう思った。 「声絶え」たあとの逆説として、痛切な叫びが聞こえたのだ。 夕焼けに照らされた白い壁に、絶滅した“何か”の爪あとが…

廃村を告げる活字に桃の皮…(東直子) @東直子集(セレクション歌人26)

廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て 東直子/『春原さんのリコーダー』H8 この歌の得体のしれない焦燥感。 それが「来て」の一語を引き出すとき、「わたし」自身まで渇いた存在になる。 たとえば廃村。 この言葉は、今現在のみならず、ひ…

ネックレスの真珠散りしは小変事…(富小路禎子) @現代短歌の鑑賞101

ネックレスの真珠散りしは小変事なれど隣国の乱の夜なれば 富小路禎子/『不穏の華』H8 女性の持つ第六感というものは特に得体がしれないものだ。 たとえばそれは掲出歌のようなものである。 ネックレスの糸が切れて、真珠が散り散りになる瞬間。 そのはっと…

ダリアの蟻灰皿にたどりつくまでを…(寺山修司) @寺山修司全歌集

ダリアの蟻灰皿にたどりつくまでをうつくしき嘘まとめつついき 寺山修司/『血と麦』S37 ダリアに棲む蟻は灰皿へ行くよりも、ダリアの中にいたままの方がきっと幸せである。 だけど、灰皿に向かうのだ。 まるで灰皿のほうにユートピアでもあるかのような、 う…

わが合図待ちて従ひ来し魔女と…(大西民子) @現代短歌の鑑賞101

わが合図待ちて従ひ来し魔女と落ちあふくらき遮断機の前 大西民子/『不文の掟』S35 魔女は無口な死神のようである。 掲出歌の「わたし」にとって死は、恐れるものでも遠く憧れるものでもなく、 ただ淡々と自分に付いてくるものらしい。 自分の運命の、いつか…

花のやうな口がわかれを告げてゐて…(松平修文) @松平修文歌集(現代短歌文庫95)

花のやうな口がわかれを告げてゐて世界ぐらぐらするゆふまぐれ 松平修文/『水村』S54 総崩れの間際にはある種の美しさがある――― それは、残酷な気付きだろうか。 花のような口を持つ少女。 どれだけ美しかったのだろう。 赤く染まる唇、香しく、純粋で、無垢…