うたよむブログ

短歌のこと、読書会のこと

2011-01-01から1年間の記事一覧

惜しみおきしがあらかた傷み棄てたるに…(沖ななも) @現代短歌の鑑賞101

惜しみおきしがあらかた傷み棄てたるにしばらく桃の匂いのこれり 沖ななも/『機知の足首』S61 タイミングって大事だなって思う。 時機を逃したら得られなくなってしまうものはたくさんある。 そしてさらに悔しいことに、得られなかったものは芳しいのである…

親は子を育ててきたと言うけれど…(俵万智)

親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト 俵万智/『サラダ記念日』S62 この歌は学生に人気がある、と知人の国語教師から聞いて、ちょっと笑ってしまった。 なぁんだ、私が学生の時とおんなじじゃないかと。 反抗期。親はあれこれ口うるさく言う…

「たとへば」とひといき入れて想念の…(佐藤通雅)

「たとへば」とひといき入れて想念の尾をつかまんとしたのであるが 佐藤通雅/『強霜』H23 何かを伝えようとするとき。 ちょっと伝わりにくいから、”たとえ”を使おうとする。 勢いで「たとえば…」といえば、自然とその続きが出てくるはずだった。 しかし、出…

きみが手の触れしばかりにほどけたる…(今野寿美) @現代短歌の鑑賞101

きみが手の触れしばかりにほどけたる髪のみならずかの夜よりは 今野寿美/『花絆』S56 髪の毛に触れられる。そんなことで恋愛が後戻りできない地点まで来てしまう。 冷静に見ればありえない。 けれど、その瞬間までの間に見えない幾つもの積み重ねがあったの…

山ゆりの遠いところに咲くような…(吉川宏志)

山ゆりの遠いところに咲くようなやさしさに会い夜半(よわ)に苦しむ 吉川宏志/『曳船』H18 吉川宏志さんの『曳船』より。 なんて狂おしい恋の歌だろう。 夜という時間は、人を冷静にも、狂おしくもさせる。 日中に起きた出来事を、冷静に振り返るのは夜である…

樹形図

『短歌』2011年11月号(角川学芸出版)に「樹形図」7首掲載されました。もし手にする機会がありましたら、読んでいただけると嬉しいです。

ひしめきて壺に挿される薔薇たちの…(杉崎恒夫) @現代短歌の鑑賞101

ひしめきて壺に挿される薔薇たちの自分以外の刺を痛がる 杉崎恒夫/『食卓の音楽』S62 童話のような、薔薇を擬人化した短歌。 そのかわいらしい歌に潜んでいるシニカルさに、なんとなく、心当たりがあったりする。 例えば、仕事でいっぱいいっぱいのとき。 周…

口に鼻に泥の詰まりし遺体あり…(高野公彦)

口に鼻に泥の詰まりし遺体ありその気高さは人を哭(な)かしむ 高野公彦/『赤卒』H23角川短歌6月号 この歌を読んでどう思っただろう。 凄惨な情景がひしひしと伝わって、印象を強く受けたか、 あるいは、 おそらく遺体を目の当たりにしていないはずなのに、…

死のことも夜の休息も柔らかき…(稲葉京子) @現代短歌の鑑賞101

死のことも夜の休息も柔らかきやさしき音に「ねむる」と言へり 稲葉京子/『沙羅の宿から』H4 目覚めることができるのが夜の休息で、それが叶わなくなったものが死。 人間の生きている間の行為である睡眠と、生とは断絶しているはずの死が、「ねむる」という…

からだじゅうすきまだらけのひとなので…(笹井宏之)

からだじゅうすきまだらけのひとなので風が鳴るのがとてもたのしい 笹井宏之/『てんとろり』H23 なんて無邪気な子供の歌なんだろうと思った。 いや、むしろその他のいわゆる短歌が、なんて大人じみた、人間じみたものだったのかと、思い知らされる。 体中に…

行春(ゆくはる)をかなしみあへず若きらは…(木俣修) @現代短歌の鑑賞101

行春(ゆくはる)をかなしみあへず若きらは黒き帽子を空に投げあぐ 木俣修/『みちのく』S22 真っ青な空に一斉にあがる黒い学生帽。 映画くらいでしか見たことがない情景だけど、この瞬間にどれくらいの希望が満ち溢れていたのだろう。 学生の象徴であった黒…

ふるさとの映るを見れば故郷(ふるさと)は・・・(池田はるみ) @現代短歌の鑑賞101

ふるさとの映るを見れば故郷(ふるさと)はひつくり返つて…呆然とせり 池田はるみ/『妣が国・大阪』H9 震災にあってしばらく、この歌が頭から離れなかった。 かつて、私はこの歌をあまりに率直だなぁ、と思っていた。 しかし、そうではなかったことを、今回…

岡部桂一郎全歌集を読むことで

3月11日。 私は『岡部桂一郎全集1956-2007』を持って被災した。 図書館で借りた帰りだった。 震度6強の地震。慌てて車外へ出て、近くの手すりにつかまった。地面が足を弾く。悲鳴を上げたような気もする。… 揺れがおさまってからの静かさが今は一番印象…

おもひみよ伊勢物語十二段…(山田富士郎) @現代短歌の鑑賞101

おもひみよ伊勢物語十二段月さす踊場のごとく遊びき 山田富士郎/『アビー・ロードを夢見て』H2 突然、歌が体にしっくりくることがある。 理屈ではない。 正しいかどうかすらわからない。 けれど、誰かの歌が、自分の体の内側から響いてくるような錯覚に陥る…

ぼろぼろの皮膚をかぶつて象は立つ…(都築直子)

ぼろぼろの皮膚をかぶつて象は立つ 一握の糖、一会(いちゑ)の愛撫 都築直子/『淡緑湖』H22 都築直子さんの『淡緑湖』より。 にぎやかな観光地で繰り返される、象と人との一期一会。 一首の背後からは、かなしいくらいに観光客の歓声やざわめきが湧きあがっ…

エンジンのいかれたままをぶつとばす・・・(池田はるみ) @現代短歌の鑑賞101

エンジンのいかれたままをぶつとばす赤兄(あかえ)とポルシェのみ知るこころ 池田はるみ/『奇譚集』H4 世界は意図で満ち溢れている。 ポルシェをぶっとばす快楽に、ふと思惑の影がよぎる。 赤兄…蘇我赤兄の顔は知らないけれど、この名前が出てくることで、…

あたためしミルクがあましいづくにか・・・(大西民子) @現代短歌の鑑賞101

あたためしミルクがあましいづくにか最後の朝餉食(は)む人もゐむ 大西民子/『花溢れゐき』S46 温めたミルクに甘さを感じる、とても穏やかな朝食時。 その時ふと、今日が最後の朝食となる人がいるだろうことを思う。 私が掲出歌を読んだとき思い浮かべた最…

ああ昨日(きぞ)のその場しのぎの優しさが・・・(島田修三) @現代短歌の鑑賞101

ああ昨日(きぞ)のその場しのぎの優しさが深夜電話に化けてまた響(な)る 島田修三/『離騒放吟集』H5 掲出歌を一度読む。そして、もう一度読む。 すると、歌のトーンが変わる。 原因は「ああ」だ。 初めてこの歌を読むときは、「ああ」を詠嘆の「ああ(嗚…

国際化せし東京の胃袋に…(時田則雄) @現代短歌の鑑賞101

国際化せし東京の胃袋に届けむ露に濡れしアスパラ 時田則雄/『十勝劇場』H3 食の国際化。私たちは、たくさんの国の食材を、料理を、食べることができる。 わくわくする。 しかし、そう言われて私たちが想像できるのは、口に入ったところまでなのである。 胃…

さくら花幾春かけて老いゆかん…(馬場あき子) @現代短歌の鑑賞101

さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり 馬場あき子/『桜花伝承』S52 桜の花も老うのだろうか。ふと思った。 老木に咲きほこる桜の美しさ。 その美しさは、何百年千何百年とこの世に根を下ろしているゆえに現世を超越してしまっているような、…